解説

Verra Nature Frameworkとは?生物多様性クレジットの基準を解説

Takeaways
The Big Picture

Verraが2024年10月に発表したNature Frameworkは、カーボンクレジット最大手による初の生物多様性クレジット基準。「クオリティ・ヘクタール(Qha)」という面積×質の指標で、オフセット用途を明確に禁止した「投資型」クレジットを定義した。

Why It Matters

TNFD対応で生物多様性の定量評価が急務となる中、VCS認証と同水準の厳格性を持つ国際基準が登場。日本企業のバリューチェーン・自然依存リスク管理の選択肢が広がる。

概要:Nature Frameworkとは何か

Verra Nature Frameworkは、SD VISta(Sustainable Development Verified Impact Standard)プログラムの下で運用される生物多様性成果の認証基準であり、2024年10月29日にv1.0として公開された。

従来、Verraが運営するVCSプログラムは温室効果ガスの削減・除去を対象としてきた。これに対してNature Frameworkは「生物多様性のポジティブな成果」を対象とする点で本質的に異なる。最も重要な設計原則として、本フレームワークで発行される「ネイチャークレジット」はオフセット(相殺)目的での使用を明確に禁止している。カーボンクレジットの延長線上にある仕組みではなく、根本的に異なる思想に基づいて設計されたものと理解すべきである。

目的と基本原則

Nature Frameworkの目標は「自然と人々に利益をもたらす、測定可能なポジティブな生物多様性成果への広範な投資を認証し、インセンティブを与えること」と定義されている。生物多様性クレジット市場はまだ黎明期にあり、信頼性の高い市場形成には明確な原則が不可欠となる。

Verraは本フレームワークの開発にあたり、8つの指導原則を掲げた。第一の「完全性(Integrity)」は、検証可能な正のアウトカムを独立第三者が検証することを求める。第二の「公平性(Equity)」は、先住民・地域コミュニティの権利保護を重視する。第三の「品質(Quality)」は追加性、測定可能性、持続性の担保を意味し、第四の「拡張性(Scalability)」は地理・生態系・活動タイプを超えた適用可能性を追求する。

さらに、第五の「実用性(Practicality)」は特に先住民・地域コミュニティにとって不必要な参入障壁を回避することを、第六の「一貫性(Consistency)」は生物多様性成果の標準化と比較可能性の確保を意味する。第七の「参加と協力(Participation and collaboration)」は、先住民・地域コミュニティを自然の管理者として認め、市場参加者や関連グローバルイニシアティブとの連携を重視する。最後の「イノベーション(Innovation)」は、新興市場であることを認識し、科学の進展に応じて要件を継続的に洗練していく姿勢を示している。


ネイチャークレジットの定義と構造

クオリティ・ヘクタールという測定単位

ネイチャークレジットは「クオリティ・ヘクタール(Qha)」を単位とする。これは単なる面積ではなく、「面積×状態」という概念であり、生態系の量的側面と質的側面の両方を捉える指標として設計されている。1Qhaは「完全に健全な状態にある1ヘクタール」を意味し、10ヘクタールの土地であっても状態が0.1(10%の健全性)であれば1Qhaと評価される。

この指標は、TNFDなど既存の自然関連開示フレームワークとの整合性を意識して設計されており、面積と状態の組み合わせという考え方は、企業が自然への依存・影響を定量化する際にも応用可能である。

三つの次元:面積・状態・重要性

ネイチャークレジットは自然の状態を三つの次元で捉える。

第一の次元である「面積(Extent)」は、プロジェクト活動が行われ生物多様性成果が測定される物理的面積をヘクタールで表す。生態系の分類にはIUCN Global Ecosystem Typologyのレベル3(機能群)が用いられる。海洋・淡水プロジェクトの場合、面積は体積ではなく平面的な表面積を指す点に注意が必要である。

第二の次元である「状態(Condition)」は生態系の質を表し、その測定が本フレームワークの技術的核心となる。状態は四つの要素で構成される。「組成(Composition)」は生物の多様性・量・豊富さ・均等性を、「構造(Structure)」は生態系の物理的サイズと形態(総バイオマス、樹冠被覆率など)を、「機能(Function)」はエネルギーと物質の生態学的プロセス(純一次生産性、落葉分解速度など)を、「圧力(Pressures)」は生態系への脅威の規模と深刻度(侵略的種、土地利用変化など)を表す。

このうち、構造指標と組成指標の測定は必須とされ、最低でも構造指標を2つ、組成指標を3つ測定しなければならない。機能指標と圧力指標の測定は任意である。この設計は、あらゆる生態系に共通して適用可能でありながら、測定の実現可能性を確保するためのバランスを反映している。

第三の次元である「重要性(Significance)」は、昆明・モントリオール生物多様性枠組(GBF)目標への貢献度を示す。この次元はクレジット数の算出には含まれず、プロジェクトの差別化要素として別途報告される。買い手が自社の生物多様性戦略に合致するプロジェクトを選定する際の判断材料となることが想定されている。


オフセット禁止の論理

なぜオフセットに使えないのか

Nature Frameworkにおける最も重要な設計原則の一つが、オフセット用途の明確な禁止である。この点は、カーボンクレジットとの本質的な違いを理解する上で極めて重要であり、多くの実務者にとって認識の訂正が必要な領域でもある。

Verraはネイチャークレジットがオフセットに不適切である理由を三点挙げている。第一に、生物多様性は場所固有であり、グローバルに代替可能ではない。ある場所で失われた生態系の価値を、別の場所で「相殺」することは生態学的に正当化できない。第二に、ネイチャークレジットは企業のバリューチェーンにおける負の影響とは空間的・時間的に離れた場所で生成される。したがって、事業活動による直接的な影響を相殺する関係性が成立しない。第三に、事業活動が損なう生態学的価値と等価なものをネイチャークレジットが生成する保証がない。生物多様性オフセットが機能するためには生態学的等価性が必要だが、ネイチャークレジットはその要件を満たす設計になっていない。

この論理を裏返せば、ネイチャークレジットは「投資」または「貢献」として位置づけられる。企業がネイチャークレジットを購入することは、自社の負の影響を帳消しにする行為ではなく、自然保全への積極的な資金提供として理解されるべきである。

想定される使用方法

では、ネイチャークレジットはどのような目的で使用されることが想定されているのか。Verraは三つの用途を示している。

第一は、バリューチェーンにおける自然関連リスクの軽減である。自然への依存・影響を管理するための手段として、ネイチャークレジットへの投資が位置づけられる。第二は、緩和階層(回避→最小化→修復→相殺)を超えた貢献の実証である。企業がミティゲーション・ヒエラルキーの「Beyond」として、追加的な自然への投資を行っていることを示す手段となる。第三は、ネイチャーポジティブへのコミットメント表明である。2030年までに自然の純増を目指すというグローバルな目標に対して、企業が具体的な行動で貢献していることを示すことができる。


プロジェクト要件

適格活動と不適格活動

Nature Frameworkは、生物多様性の保全・回復に関連するすべての活動を対象としているが、具体的な適格性には明確な線引きがある。

適格活動は大きく二つのカテゴリーに分かれる。第一のカテゴリーは保全・回復活動であり、森林回復(再植林、植生回復)や、生物多様性損失の脅威にさらされた生態系の転換・劣化回避がこれに含まれる。第二のカテゴリーは生産的景観における活動であり、アグロフォレストリー、持続可能な草地管理、林業が対象となる。ただし、このカテゴリーには重要な条件が付される。これらの活動は、自然生態系の生態学的状態の改善を明確に目標として掲げなければならない。単なる持続可能な農林業の実践だけでは不十分であり、動植物の両方について自然生態系の状態向上を意図した活動であることが求められる。

一方、不適格活動として明確に除外されるものがある。在来生態系の転換・劣化につながる活動、非在来種の単一栽培プランテーションの拡大・設立、遺伝子組み換え生物の使用、エネルギー目的のバイオマス生産、畑作における再生農業、そして動物の密売に関与する活動である。特に「再生農業(畑作)」が除外されている点は、regenerative agricultureへの関心が高まる中で注意すべきポイントである。畑作(row crop)コンテキストでの再生農業は、本フレームワークの対象外となる。

プロジェクト期間の要件

プロジェクトの時間軸についても明確な要件が定められている。プロジェクト開始日は2023年1月1日以降でなければならず、それ以前に開始された活動は対象外となる。クレジット期間は最低20年から最長100年であり、最大4回まで更新が可能である。検証は最低5年ごとに実施する必要があり、ベースライン・シナリオは10年ごとに再評価される。

持続性(Durability)の観点からは、最低20年間のモニタリングが求められる。VCSプログラムと併用する場合(カーボンクレジットと生物多様性クレジットを同一プロジェクトから発行する場合)は、この要件が40年に延長される。


クレジットベースラインの算出方法

ベースライン算出の考え方

Nature Frameworkの技術的核心は、「プロジェクトがなかった場合に何が起きたか」という反実仮想シナリオを推定するクレジットベースラインの算出にある。プロジェクトの成果は、現実の状態とこのベースラインとの差分として評価される。ベースラインが適切に設定されなければ、成果の過大評価や過小評価につながり、クレジットの信頼性を損なうことになる。

本フレームワークは、データの可用性に応じて三つの算出方法を提供している。これらは「データ集約度の高さ」と「推定の堅牢性」がトレードオフの関係にあり、より多くのデータを用いる方法ほど信頼性の高い推定が可能となる。

三つの算出方法

第一の方法は「マッチドコントロール法」である。これは最もデータ集約的だが最も堅牢な方法であり、プロジェクト外の対照サイトからプロジェクトサイトと類似した特性を持つサイトを選定してペアリングする。実験デザインでいう対照群を設定する考え方に近い。この方法を用いるためには、参照地域内の対照サイトで状態指標の時空間データが利用可能であること、共変量データ(生物多様性損失の駆動要因に関するデータ)が利用可能であること、そしてドナープール(潜在的対照サイト群)がプロジェクトサンプルサイトより25%以上大きいことが求められる。

第二の方法は「生息地転換リスク法」である。対照サイトが確保できない場合の代替方法として位置づけられ、過去の生息地転換率と転換予測因子を用いて将来の転換確率をモデル化する。過去10年以上の生息地転換データ、300平方メートル以下の解像度のラスターデータ、参照地域全体でのデータカバレッジが要件となる。

第三の方法は「エコリージョン変化率法」である。最もデータ要件が低いが最も保守的な方法であり、エコリージョン全体での状態変化率を単純統計で推定する。最低1つの構造指標または組成指標と共変量データがあれば適用可能である。

動的ベースラインという設計思想

重要な設計原則として、クレジットベースラインは検証時に動的に調整される。これは「推定時に設定したベースラインをそのまま使い続ける」のではなく、新たに得られたデータに基づいてベースラインを更新するという考え方である。時間経過に伴う状況変化(たとえば、参照地域での開発圧力の増減)を反映し、より正確な成果測定が可能となる。


セーフガード要件

リスクベースアプローチ

Nature Frameworkは、プロジェクト活動が人々と自然に及ぼす負の影響を防止するため、包括的なセーフガード要件を規定している。その特徴は「リスクベースアプローチ」の採用にあり、すべてのプロジェクトに画一的な要件を課すのではなく、リスク評価の結果に応じて対応の深度を調整する仕組みとなっている。

社会的セーフガード

社会的セーフガードは五つのカテゴリーで構成される。

第一の「資源権利・土地保有」は、法的・慣習的権利の認識と尊重を求める。土地の所有者や利用者がプロジェクトによって強制的に移転させられることは禁止される。第二の「ガバナンス」は、適用されるすべての法令の遵守、腐敗防止、マネーロンダリング防止を含む。第三の「人権」は、国際人権規範(国際人権章典など)の遵守を求め、差別の禁止とジェンダー平等を重視する。第四の「労働権」は、公正賃金の支払い、児童労働・強制労働の禁止、職場の安全衛生確保を求める。第五の「先住民の権利」は、FPIC(自由意思による事前の十分な情報に基づく同意)の取得を必須とする。

FPICは単なる手続き的要件ではなく、先住民・地域コミュニティがプロジェクトに対して「同意しない」という選択肢を持つことを保障する原則である。同意は一度限りではなく継続的に確認されるべきものとされ、単一の会議で完結するプロセスではないことが明記されている。

環境的セーフガード

環境的セーフガードは四つのカテゴリーで構成される。「生息地・生態系サービス」では、気候変動影響の悪化回避と絶滅危惧種への悪影響回避が求められる。「侵略的種」では、外来種・非在来種の導入防止措置の実施が求められる。「動物福祉」では、動物の適切な取り扱いと動物密売への不関与が求められる。「汚染」では、汚染物質・農薬の放出の回避・最小化が求められる。

リスク評価と緩和計画

プロジェクトは設計段階でセーフガードリスク評価を実施し、特定されたリスクに対する緩和計画を策定する必要がある。リスク評価は検証ごとに更新され、緩和措置の有効性がモニタリングされる。緩和措置は「緩和階層」に従い、まずリスクの回避を試み、回避できない場合は最小化し、それでも残るリスクに対しては緩和措置を講じるという順序で対応する。

重要な点として、特定されたリスクを回避・最小化・緩和することができない場合、そのプロジェクトはNature Frameworkの下で適格とならない。


利益配分

透明性と共創の原則

ネイチャークレジットの収益配分について、Nature Frameworkは詳細な要件を規定している。その背景には、過去のカーボンクレジット市場において、地域コミュニティへの利益還元が不十分であったとの批判がある。

利益配分メカニズムの確立においては、まず利害関係者との間での合意形成が求められる。プロジェクト設計段階でコスト・収益情報を透明に開示し、利害関係者が十分な情報に基づいて合意できるようにしなければならない。合意内容は文書化され、署名者名とグループ別の純収益配分が明記される。

メカニズムの設計は、影響を受ける利害関係者との「共創」によって行われる必要がある。プロジェクト開発者が一方的に設計したものを押し付けることは許容されない。また、ジェンダーおよび世代間の包摂性が確保され、文化的に適切な形式で設計されなければならない。

禁止事項

利益配分に関する重要な禁止事項がある。因果連鎖分析で文書化されたプロジェクト活動による便益(負の影響の緩和措置を含む)は、現物給付としてカウントしてはならない。言い換えれば、プロジェクトが本来行うべき活動を「利益配分」として主張することは禁止される。たとえば、プロジェクトの一環として地域コミュニティの水源を保護する活動を行う場合、それ自体は利益配分としてカウントできない。利益配分は、プロジェクト活動から生じる便益とは別に、クレジット収益からの金銭的または現物的な分配でなければならない。


二重カウント防止

三つの類型

Nature Frameworkは、二重カウントを三つの類型に分類して厳格に禁止している。

第一の類型である「二重発行(Double Issuance)」は、同一の生物多様性成果が複数のプロジェクトまたは複数のプログラムでクレジット化される状況を指す。たとえば、ある土地で生じた生物多様性成果について、Nature Frameworkでネイチャークレジットを発行しながら、同時に別の生物多様性クレジット制度でもクレジットを発行することは禁止される。

第二の類型である「二重使用(Double Use)」は、クレジットがリタイア(使用済みとして登録)された後に再度売却・使用される状況を指す。これはレジストリシステムの技術的な管理によって防止される。

第三の類型である「二重主張(Double Claiming)」は、同一の成果が複数の主体により別々のネイチャーポジティブ目標に対して主張される状況を指す。たとえば、クレジットを購入した企業Aと、プロジェクトを実施した企業Bの両方が、同じ成果を自社の貢献として主張することは二重主張にあたる。

他の生物多様性・自然プログラムとの重複登録は禁止されており、他プログラムに登録済みの場合は詳細情報の開示と、同一成果がクレジット化されていないことの証明が求められる。


日本企業への示唆

事業機会としての観点

ネイチャークレジットは「オフセット不可」と位置づけられているが、それは事業上の価値がないことを意味しない。むしろ、TNFD開示の文脈において、バリューチェーンにおける自然関連リスクの軽減ツールとして活用できる可能性がある。自社の依存・影響を特定した上で、関連する生態系への投資を行うことは、TNFDが求める「自然への依存・影響の管理」の具体的な取り組みとして位置づけることができる。

また、v1.0は汎用的な枠組みであり、Verraは今後バイオームや生態系に特化したモジュール・要件を開発する予定である。日本の森林・海洋・里山といった生態系に適した方法論の開発に参画する機会があり得る。新興市場における方法論策定への関与は、将来的な競争優位につながる可能性がある。

実務上の課題

一方で、実務上の課題も認識しておく必要がある。

第一に、データ要件の高さがある。特にマッチドコントロール法やベースライン算出に必要なデータ収集には、専門的知識と長期的モニタリング体制が不可欠である。日本国内でこうしたモニタリング体制を構築・維持できる事業者は限られている。

第二に、20年という最低クレジット期間がある。VCSと併用する場合は40年の持続性証明が求められる。これは長期的なコミットメントと事業計画を前提としており、通常の企業の事業サイクルを大きく超える時間軸である。

第三に、セーフガード対応の負荷がある。FPICを含む利害関係者エンゲージメント、リスク評価、緩和計画の策定と実施には相当のリソースが必要である。特に海外でのプロジェクト開発を検討する場合、現地の社会・文化的文脈を理解したパートナーとの連携が不可欠となる。


今後の展開

Verraは本フレームワークの継続的な発展を予告している。

第一に、「ネイチャー・スチュワードシップ・サーティフィケート(Nature Stewardship Certificate)」の開発が進められている。これは、歴史的に適切に管理されてきた高い生態学的完全性を持つ生態系を認証する新たなユニットであり、「改善」ではなく「現状維持」のための投資を誘引することを目的としている。すでに健全な状態にある生態系をそのまま保全し続けることにも経済的インセンティブを与えようという発想である。

第二に、バイオーム・生態系別モジュールの開発がある。熱帯林など特定のバイオーム向けに、より詳細な要件や状態指標の選定ガイダンスが策定される予定である。

第三に、リーケージツールの開発がある。プロジェクト境界外への影響(正負両面)を定量化するツールであり、プロジェクト活動が境界外に及ぼす影響を適切に評価し、ネット(純)での成果を算出するために用いられる。


出典Verra, "SD VISta Nature Framework, v1.0" (29 October 2024)verra.org

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