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自然リスク低減を試みなかったらどうなるのか——ポジショントークと事実を分けて考えてみた

Takeaways
The Big Picture

気候変動の議論と同様、自然資本をめぐる議論にも推進派・懐疑派双方のポジショントークが存在する。「本当のところどうなのか」を冷静に判断するための情報が決定的に不足している。

Why It Matters

ポジショントークに振り回されて過剰投資か過小投資に振れるのではなく、自社にとって合理的な判断を下すためには、立場を超えて「多分本当」と言える部分を見極める目が必要になる。

はじめに

自然リスクの議論は、立場によって語られ方が大きく変わる。推進派は「今すぐ対応しないと手遅れになる」と言い、懐疑派は「また新しい環境ネタで騒いでいる」と言う。企業の担当者は「TCFD、TNFDの次は何なの?」と途方に暮れる。

この記事では、自然リスクに関する主張を「ポジショントーク(立場や利害によって変わる部分)」と「多分本当(立場を超えて概ね合意されている部分)」に切り分けて整理する。ネイチャークレジット専門メディアとして、我々自身のポジションも開示しながら、最終的に「で、どうすればいいのか」の現実解を探る。

正直に言うと、ネイチャークレジット専門メディアが「自然リスクを無視するとヤバい」と書けば、それ自体がポジショントークである。当たり前だ。我々は自然関連の情報を売っている。危機感を煽れば読者が増える構造にいる。だからこそ、主張を2種類に分けることに意味がある。


第1章:自然リスク推進派の主張を検証する

ポジショントークの部分(話者の利害・立場によって見え方が変わる領域)

1. 「10年以内に問題が顕在化する」的な語り

環境NGOが好む表現だが、根拠のある予測ではない。ECBやIMFのレポートは「リスクがある」とは言っているが、「いつ顕在化するか」は誰にもわからない。

危機のタイムラインを示すと読者の行動を促しやすい。しかし正直に言えば、5年後かもしれないし30年後かもしれない。「10年以内」という数字に科学的根拠はない。

2. 「対応しないと資金調達が困難になる」論

金融機関が自然リスクを融資判断に織り込み始めているのは事実(FSBレポート、ECBの監督指針など)。しかし、「だから御社も今すぐ対応を」という結論は飛躍を含む。金融機関の動きは始まっているが、実際にリスクプレミアムとして転嫁されている事例はまだ多くは公表されておらず、「将来そうなるかもしれない」を「そうなる」と飛躍させている可能性がある。

3. 「何もしないことはリスクを取っていること」論

レトリックとしては正しいが、これは「保険に入らないのはリスクを取っている」と同じ論法。保険に入らない合理的な判断も存在しうる(リスクが小さい、自己保有できる、など)。「何もしない」を悪者にすることで、「何かする」側が正当化される構造がある。

4. 「早期対応が競争優位につながる」論

先行者優位があるかどうかは実証されていない。ビジネスシーンにおける一般論としては納得度が高いが、自然資本関連財務リスク情報開示に限って言えば、早期対応企業が競争優位を得たという明確なエビデンスは限定的。「早く動いた方が得」は、証明された事実ではない。

5. コスト試算の数字

「2030年までに年間2.7兆ドルのGDP減少」「GDPの7〜16%が水関連リスクにさらされている」といった数字は、モデルの前提条件で大きく変わる。生態系サービスの価値算定、割引率の設定、被害関数の形状などによって、試算結果は数倍から数十倍の幅で変動する。

これらの数字を「確定した事実」のように語るのは、推進派・懐疑派どちらも同罪。幅を持った推計値として理解すべきであり、特定の数字を根拠に「だから対策すべき/すべきでない」と断言するのは論理的に脆弱。


多分本当の部分(立場を超えて概ね合意されている領域)

1. 経済は自然に依存している

世界のGDPの50〜55%が自然資本に中〜高度に依存している。この数字はWEF(2020年:44兆ドル)、PwC(2023年:58兆ドル)、OECD(2019年:125〜140兆ドルの生態系サービス価値)と、算出方法は異なるが方向性は一致している。

163の経済セクターすべてにおいて、バリューチェーンのどこかが自然に高度依存している(PwC分析)。「農業だけの話」ではないことを示す。数字の精度には議論があるが、「依存度が高い」という定性的結論は堅い。

2. 生態系劣化が経済に影響する経路は存在する

IMFの推計では、水関連リスクだけでGDPの7〜16%、花粉媒介・大気質・水質で1〜3%の損失リスクがある。数字の幅が大きい(7〜16%など)こと自体が、モデルの不確実性を正直に示している。「影響がある」ことはほぼ確実で、「どの程度か」に幅がある状態である。

3. サプライチェーンへの影響経路が実証されている

2024年の学術研究で、生物多様性リスクがサプライチェーンレジリエンスを有意に毀損することが中国上場企業データで実証された。メカニズムとして満期ミスマッチとエージェンシーコストが特定されている。査読付き学術論文で、因果関係の特定まで踏み込んでいる。ただし中国市場のデータであり、日本企業への直接適用には留保が必要。

4. 規制は強化方向にある

EUはCSRD、森林破壊フリー製品規則、自然再生法を施行済みまたは採択済み。これは法令として公報で確認できる一次情報であり、解釈の余地が小さい。

5. 金融機関は自然リスクを認識し始めている

FSBのストックテイク、ECBの監督指針、NGFSの概念フレームワークなど、中央銀行・金融監督当局が自然リスクを議題に載せていることは事実。ただし、「認識している」ことは直ちに「投資・融資判断に織り込んでいる」ことを示すものではない。


第2章:「自然リスクは誇張」という主張を検証する

ポジショントークの部分

1. 「また新しい環境ネタで騒いでいる」論

気候変動、ESG、SDGs、そして今度は自然・生物多様性。次々と新しいテーマが出てくることへの疲労感は理解できる。しかし、「新しいから無視していい」という結論にはならない。一方で、NGO・メディア・環境コンサルが常に「次のテーマ」を探しているという構造的インセンティブがあることも事実であり、この点に関する指摘自体は妥当である。

2. 「うちの業種は自然と関係ない」論

直接的な依存がなくても、サプライチェーンのどこかに依存点がある可能性は高い。ただし、「全企業が同程度のリスクにさらされている」わけではない。業種・地域・サプライチェーン構造によってリスクの大きさは異なる。「関係ない」と断言するのも、「全員関係ある」と断言するのも、どちらも単純化しすぎである。

3. 「コストがかかりすぎる」論

自然リスク評価には一定のコストがかかるのは事実。特に中小企業にとって、TNFDやLEAPアプローチに対応するリソースは負担になりうる。

ただし、「コストがかかる」ことは「やらない理由」にはなるが、「やらなくていい理由」にはならない。対応コストと無対応コストの比較が必要であり、後者は「ゼロ」ではない。


一定の妥当性がある指摘

1. 「自然リスクの定量化は気候リスクより難しい」

これは正しい。気候変動はCO2という単一の指標で測れるが、生物多様性は多次元的で、統一的な測定方法が確立されていない。TNFDも「まずは定性的な開示から」と認めている。

2. 「カーボンクレジットの二の舞になるのでは」

森林カーボンクレジットの品質問題を踏まえると、ネイチャークレジットにも同様の懸念があるという指摘は妥当。追加性、永続性、測定の信頼性などの課題は、自然クレジットでも解決されていない。我々はネイチャークレジット専門メディアなので、この批判は耳が痛い。しかし、だからこそ真摯に受け止める必要がある。

3. 「開示疲れ」への懸念

TCFD、CDP、CSRD、ISSB、そしてTNFD。開示フレームワークの乱立は企業負担を増やしている。「また新しい開示か」という反応は理解できる。フレームワーク間の整合性向上は進んでいるが、現場の負担感は軽視すべきでない。


第3章:リスク低減を試みなかった場合の帰結

以上の分析を踏まえて、自然リスク低減を試みなかった場合に「多分起きる」ことを整理する。

多分本当のこと

  • 規制・開示要求は強化される傾向にあり、この流れは当面続く
  • 取引先(特にグローバル企業)からの情報開示要求は増える
  • 物理的リスク(サプライチェーン上流での調達難・コスト増)が顕在化する企業が出てくる
  • 金融機関・投資家からの質問は増える

ポジショントーク

  • 今すぐ対応すべき
  • 対応しないと資金調達が困難になる
  • 早期対応が競争優位につながる
  • 10年以内に影響が顕在化する

補足:「試みなかったら」と「試みても失敗したら」は違う

自然リスク低減を「試みない」シナリオと、「試みたが十分な成果が出なかった」シナリオは区別したほうがよい。後者の場合でも、リスク評価の知見蓄積、ステークホルダーとの対話、サプライチェーンの可視化などは残る。「やらないよりはマシ」という状況は十分にありえる。

また、自然リスク低減の「試み」自体が、副次的な便益(サプライチェーンの可視化、調達リスクの把握、取引先との関係強化など)をもたらす可能性があり、自然リスク対策の効果が想定より小さかったとしても完全に無駄にはならない部分がある。


第4章:では企業はどうすればいいのか

企業向けアドバイスにおけるポジショントーク

1. 「今すぐTNFD対応を」論

確かにTNFD早期採用企業リストに名を連ねることはシグナルになるが、「対応すること」と「意味のある対応をすること」は別問題。

2. 「ネイチャーポジティブは競争優位の源泉」論

全業種・全企業に当てはまるわけではない。自社の競争環境を見ずに一般論を適用するのは危険。


多分本当のこと

1. 開示要求からは逃げられなくなる

EU CSRD、ISSB基準などにより、自然関連の情報開示は徐々に義務化される方向。対策を取るかどうかは任意でも、「何をやっているか開示せよ」という要求からは逃げられなくなる。

2. 取引先からの要求は増える

大企業がサプライチェーン全体での自然リスク評価を求められる以上、そのサプライチェーン上にある企業にも要求が波及する。「うちは関係ない」と言える企業は減っていく。

3. 「何もしない」はそれ自体がポジション

対策を取らないことも、ステークホルダーに対するメッセージになる。意図的に「やらない」と決めているならまだしも、「特に考えていない」だと、いざ説明を求められたときに困る。消極的な不作為より、意思決定に基づく判断のほうが説明しやすい。


結論

自然リスクをめぐる議論には、ポジショントークが大量に混入している。推進派にも懐疑派にもそれぞれの利害関係があり、その立場から都合の良い部分を強調し、都合の悪い部分を軽視する傾向がある。

しかし、ポジショントークを除去した後に残る「多分本当」の部分を整理すると、以下のことが言える。

事実として確からしいこと

  • 経済は自然に依存している(程度の議論はあるが、方向性は確実)
  • 生態系劣化が経済に影響する経路は存在する
  • 規制は強化方向にある(特にEU)
  • 金融機関は自然リスクを認識し始めている

ポジショントークの側面があること

  • 今すぐ対応すべき
  • 対応しないと資金調達が困難になる
  • 早期対応が競争優位につながる
  • 10年以内に影響が顕在化する

自然リスク低減を試みなかった場合に何が起きるか。正直なところ、気候変動よりも予測が難しい。気候変動はCO2濃度と気温上昇という比較的シンプルな因果関係があるが、自然リスクは多次元的で、どこで何がどう崩れるかが見えにくい。花粉媒介者の減少が農業生産にどう影響するか、水源涵養機能の低下がいつ顕在化するか——これらは場所と文脈に依存する。 だからこそ、「全企業が今すぐ対応すべき」という一般論は乱暴だし、「うちには関係ない」という判断も根拠が弱い。自社のサプライチェーンのどこに、どの程度の自然依存があるのかを把握することが、対応するにせよしないにせよ、判断の前提になる。 我々はネイチャークレジット専門メディアである。自然リスクが注目されれば商売になる立場にいる。この記事を書いている動機の一部に、そのバイアスがあることは認める。だからこそ、「多分本当」と「ポジショントーク」を分けて書いた。読者には、前者だけを持ち帰っていただいても構わない。 自然リスクが「第二のESGバブル」になるのか、それとも企業経営に実質的に組み込まれていくのかは、まだわからない。ただ、どちらに転んでも、事実とポジショントークを見分ける目を持っていれば、振り回されずに済む。

この記事がその一助になれば幸いである。ならなかったとしても、少なくとも我々のバイアスは開示した。それだけでも、書いた意味はあったと思いたい。


本記事は、自然リスクに関する議論を整理することを目的としており、特定の政策や企業行動を推奨・批判するものではありません。記載内容は執筆時点の情報に基づいており、最新の科学的知見や政策動向を反映していない可能性があります。また、本稿の「ポジショントークを切り分ける」という姿勢自体も一つのポジションであり、完全に中立的な立場であるとは言えない可能性があります。なお、本稿は気候変動版の姉妹記事と対になる構成としています。


参考文献・出典

  • World Economic Forum (2020/2024) “Nature Risk Rising” / “Global Risks Report 2024”
  • PwC (2023) “Centre for Nature Positive Business”
  • IMF (2024) “Embedded in Nature: Nature-Related Economic and Financial Risks”
  • ECB (2024) “Economic and financial impacts of nature degradation and biodiversity loss”
  • FSB (2024) “Stocktake on Nature-related Risks”
  • ScienceDirect (2025) “When nature disrupts: biodiversity risk and corporate supply chain resilience”

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