はじめに
気候変動の議論は、立場によって語られ方が大きく変わる。推進派は「今すぐ行動しないと手遅れになる」と言い、懐疑派は「気候変動は誇張されている」と言う。企業の担当者は「で、うちは何をすればいいの?」と途方に暮れる。
この記事では、気候変動に関する主張を「ポジショントーク(立場や利害によって変わる部分)」と「多分本当(立場を超えて概ね合意されている部分)」に切り分けて整理する。推進派の主張も懐疑派の主張も同じフレームワークで検証し、最終的に「で、どうすればいいのか」の現実解を探る。
第1章:気候変動推進派の主張を検証する
ポジショントークの部分(話者の利害・立場によって見え方が変わる領域)
1. 「このままでは人類が滅亡する」的な語り
環境NGOや一部メディアが好む表現だが、厳密には科学的に支持されていない。IPCCの報告書を精読すると、最悪シナリオでも「人類の存続そのものが危ぶまれる」とは書いていない。大規模な社会的・経済的混乱は予測されているが、「滅亡」はレトリック。
ただし、これを言う側の意図は「危機感を持ってほしい」であり、悪意があるわけではない。問題は、誇張された表現が懐疑派に攻撃材料を与え、科学全体の信頼性を損なうリスクがあること。
2. 「経済成長と脱炭素は両立できる」論
脱炭素推進派は「グリーン投資が成長を牽引する」と言い、懐疑派は「エネルギーコスト増で成長が止まる」と言う。実際のところ、両方とも部分的に正しく、どちらが支配的かは地域・産業・時間軸による。
再エネコストが急速に低下しているのは事実だが、系統安定化や蓄電のコスト、既存インフラの座礁資産化、移行期の雇用問題などを考慮すると、「両立は簡単」とは言えない。「どっちが正しいか」という二項対立的な問い自体がミスリーディング。
3. 「2050年ネットゼロは達成可能」論
政府・企業が掲げる目標だが、現時点の技術・政策・投資トレンドの延長線上では達成困難という分析が多い。IEAのネットゼロシナリオでさえ、「前例のない規模と速度の変革が必要」と明記している。
「可能」と言っている側は「やる気と投資があれば」という条件付きで語っており、その条件が満たされる保証はない。一方で「不可能」と断言するのも早計。技術革新や政策変化は非線形に起きることがある。ポジショントーク度が高い領域。
4. コスト試算の数字
「対策しないと2100年にGDPが23%減少」「対策コストは年間X兆ドル」といった数字は、モデルの前提条件で大きく変わる。割引率の設定、技術進歩の仮定、被害関数の形状などによって、試算結果は数倍から数十倍の幅で変動する。
これらの数字を「確定した事実」のように語るのは、推進派・懐疑派どちらも同罪。幅を持った推計値として理解すべきであり、特定の数字を根拠に「だから対策すべき/すべきでない」と断言するのは論理的に脆弱。
多分本当の部分(立場を超えて概ね合意されている領域)
1. 平均気温は上昇し続ける
産業革命前比で既に約1.1〜1.2℃上昇しており、現在の排出ペースが続けば今世紀末に2.5〜4℃程度の上昇が見込まれる。これは観測データと物理法則に基づく予測であり、「上昇するかどうか」という論争はほぼ決着している。
残っている科学的議論は「どの程度上昇するか」の幅に関するもの(気候感度の不確実性)であり、「上昇しない」という立場は観測事実と矛盾する。
2. 極端気象の頻度と強度は増加する
熱波、豪雨、干ばつなどの極端気象イベントが増加・激化する傾向は、既に観測されている。個々のイベントが「気候変動由来かどうか」の帰属分析(アトリビューション)は技術的に難しいが、全体的なトレンドとしては科学的に確立されている。
「昔も異常気象はあった」という反論は正しいが、問題は頻度と強度の変化。サイコロの目が出る確率が変わったようなもので、個々の出目は偶然でも、統計的なパターンは変化している。
3. 海面上昇は不可避
既に約20cm上昇しており、今後も上昇し続ける。仮に今日排出をゼロにしても、海洋の熱慣性により数十年は上昇が続く。今世紀末の上昇幅は排出シナリオによって30cm〜1m以上と幅があるが、「上昇する」こと自体は確定事項。
低地沿岸部・島嶼国への影響は避けられない。これは「将来の予測」ではなく「既に起きていること」の延長。
4. 生態系の変化と種の移動・消失
気温・降水パターンの変化に伴い、生態系の分布が変化する。一部の種は適応できず消失し、一部は極方向または高地に移動する。これは既に観測されている現象であり、予測というより進行中の事実。
農業・漁業への影響も含まれる。作物の適地が移動し、漁獲対象種の分布が変わる。これは食料安全保障の問題に直結する。
5. 水資源の偏在化
降水パターンの変化により、水資源が「ある場所には過剰に、ない場所にはさらになくなる」という偏在化が進む。洪水リスクと水不足リスクが同時に高まるという、対応が難しい状況が生じる。
6. 適応コストは発生する
対策をしようがしまいが、既に起きている変化への適応コストは発生する。インフラの強靭化、農業の適応、熱中症対策など。「対策しなければコストがかからない」は誤り。
むしろ適応だけで対処しようとするほうが長期的にはコストが高くなる可能性が高い。ただし、その「高さ」の定量化はポジショントークの領域に入る。
第2章:「気候変動は嘘」「反ESG」の主張を検証する
懐疑派・反ESG派の主張にも、同じフレームワークを適用する。利害関係に基づくポジショントーク、一定の妥当性がある指摘、科学的に誤っている部分が混在している。推進派の主張だけを検証して懐疑派を無視するのはフェアではない。
科学的に誤っている主張
まず、科学的に決着がついており、「立場の違い」では説明できない領域を明確にしておく。
1. 「気候変動は起きていない」
これは観測データと矛盾する。全球平均気温の上昇、海面上昇、氷床の減少、海洋酸性化などは複数の独立した観測手法で確認されている。「気候変動が起きているかどうか」という論争は、科学コミュニティでは終わっている。
2. 「CO2は温室効果ガスではない」
CO2が赤外線を吸収するという物理特性は19世紀から確立されており、実験室で再現可能。これを否定するのは、物理学そのものを否定することになる。
3. 「現在の温暖化は100%自然変動である」
太陽活動、火山活動、ミランコビッチサイクルなどの自然要因だけでは、観測されている温暖化パターン(特に成層圏の寒冷化と対流圏の温暖化の同時進行)を説明できない。人為的要因が主因であることは、帰属分析で高い確信度で示されている。
ポジショントークの部分(利害関係・イデオロギーに基づく主張)
1. 化石燃料産業からの「気候科学は不確実」論
エクソンモービルなどの内部文書が公開され、1980年代から自社の研究者が温暖化を予測していたにもかかわらず、対外的には「科学は不確実」というメッセージを発信していたことが明らかになっている。これは典型的なポジショントーク。
現在も化石燃料産業からの資金を受けた研究機関・シンクタンクが存在し、その主張は利益相反の観点から割り引いて評価する必要がある。ただし、「利益相反がある」ことは「主張が全て嘘」であることを意味しない。中身の検証は別途必要。
2. 政治的保守派からの「気候変動対策=社会主義」論
米国を中心に、気候変動対策を「政府の市場介入」「自由の侵害」と結びつける言説がある。これは科学の問題ではなく政治的イデオロギーの問題であり、気候科学の妥当性とは無関係。
「対策の方法」についての議論(市場メカニズムを使うか、規制を使うか)は正当だが、「対策が必要かどうか」を政治的立場で決めるのは論理の飛躍。
3. 「グレタ批判」に代表される人格攻撃
活動家個人の年齢、学歴、態度、移動手段などを攻撃することで、気候変動問題そのものの議論を回避するパターン。科学的な反論ではないため、ポジショントークというより議論のすり替えと個人としての好き・嫌いの問題。
4. 新興国からの「先進国の偽善」論
これはポジショントークだが、一定の正当性もある。歴史的排出の大部分は先進国による割合が大きく、新興国に排出削減を求めることへの不公平感は理解できる。
ただし、「だから何もしなくていい」という結論にはならない。公平性の問題と、対策の必要性の問題は分けて考えるべき。
一定の妥当性がある指摘(検討に値する批判)
ここからが重要である。懐疑派・反ESG派の主張の中には、科学的・経済的に検討に値するものがある。推進派がこれらを無視または軽視することで、議論が噛み合わなくなっている面がある。
1. 「気候モデルの予測には不確実性がある」
これは正しい。IPCCの報告書自体が、気候感度(CO2倍増時の気温上昇幅)に1.5〜4.5℃という幅を持たせている。「2100年に何度上がるか」は確定値ではなく、シナリオと確率分布で示される。推進派が「このままでは4℃上昇」と断言するのは、最悪シナリオを確定的に語っている点で不正確。
ただし、「不確実性がある」ことは「何もしなくていい」という結論にはならない。不確実性は両方向にあり、予測より悪くなる可能性もある。リスク管理の観点からは、不確実性があるからこそ備えが必要という議論も成り立つ。
2. 「再生可能エネルギーには技術的・経済的限界がある」
これも部分的に正しい。太陽光・風力の間欠性、蓄電池のコストと資源制約、送電網の整備、ベースロード電源の必要性など、再エネ100%への移行には技術的課題がある。「再エネは安い」という主張は、系統安定化コストや蓄電コストを含めると単純ではない。
ただし、「だから化石燃料を使い続けるべき」という結論にも飛躍がある。技術的課題は認識しつつ、段階的な移行を進めるのが現実的。
3. 「ESG投資のパフォーマンスは必ずしも良くない」
ESGファンドが市場平均を上回るという主張には、十分なエビデンスがない。一部の研究では上回り、一部では下回り、多くは「有意差なし」という結果。「ESGは儲かる」というのはポジショントークであり、「ESGは儲からない」というのも同様。
現時点では「ESGと財務パフォーマンスの関係は明確ではない」が正確な記述。
4. 「カーボンオフセットは実効性に疑問がある」
森林クレジットやカーボンオフセットの品質問題は、懐疑派だけでなく専門家からも指摘されている。追加性(そのプロジェクトがなければ排出削減が起きなかったか)、永続性(森林が将来も維持されるか)、リーケージ(別の場所で排出が増えないか)などの問題は実在する。
「オフセットでネットゼロ」という主張には慎重であるべき、という指摘は妥当。
5. 「気候変動対策のコストは過小評価されている」
脱炭素化のコスト試算は、前提条件によって大きく変わる。技術革新の速度、資源価格、政策の一貫性などの不確実性が大きい。推進派が「対策コストは大したことない」と言うのも、懐疑派が「対策コストは莫大」と言うのも、どちらも断定的すぎる。
6. 「グリーンウォッシュが横行している」
これは懐疑派の指摘として妥当であり、推進派も認めるべき問題。実質的な排出削減を伴わない目標設定、曖昧な「カーボンニュートラル」宣言、認証・ラベルの乱立など、ESG・サステナビリティ領域には誇大広告的な要素がある。
一方でこの批判を「反ESG」と片付けるのは思考停止。むしろ、この批判を真摯に受け止めてグリーンウォッシュを排除することが、ESGの信頼性向上につながる。
7. 「原子力の排除は合理的でない」
脱炭素を真剣に進めるなら、低炭素電源である原子力を選択肢から排除するのは合理的でない、という指摘は科学的に妥当。福島事故後の日本やドイツの脱原発政策が、結果的に化石燃料依存を長引かせた面はある。
原子力に対する立場は価値観の問題だが、「脱炭素かつ脱原発」の難易度が高いことは認識すべき。
8. 「ESG評価機関の評価基準が不透明」
同じ企業でも評価機関によってスコアが大きく異なることがあり、何を測っているのかが曖昧。テスラがある評価機関でESGリーダーとされ、別の評価機関で除外されるといった事例は、ESG評価の信頼性に疑問を投げかける。
反ESGムーブメントの背景
米国を中心に「反ESG」の政治的動きが活発化している。これについても切り分けが必要。
ポジショントークの部分
- 化石燃料産業が多い州(テキサス、ウェストバージニアなど)の政治家が、地元産業の利益を守るために反ESG法案を推進している面がある
- 選挙に向けた政治的ポジショニングとして、「ESG=ウォーク資本主義」という構図が利用されている
- 年金基金がESG投資をすることへの批判は、受益者利益の観点から一定の正当性があるが、政治的に利用されている面も大きい
妥当な指摘の部分
- 「年金基金の受託者責任とESGの関係が不明確」という指摘は検討に値する。受益者の経済的利益を最大化する義務と、社会的目標を追求することの関係は整理が必要
- 「ESGの定義が広すぎて何でも含まれる」という批判も一理ある。環境・社会・ガバナンスを一括りにすることで、本当に重要な要素が見えにくくなっている
第3章:リスク低減を試みなかった場合の帰結
以上の分析を踏まえて、リスク低減(排出削減・緩和策)を試みなかった場合に「多分起きる」ことを整理する。
物理的影響
- 今世紀末までに平均気温が3〜4℃程度上昇し、極端気象の頻度・強度がさらに増加
- 海面上昇により低地沿岸部で浸水・高潮リスクが顕著に上昇
- 一部の地域で農業生産性が低下し、食料価格・供給の不安定化
- 水資源の偏在化による地域間・国家間の緊張の可能性
- 生態系サービスの劣化(受粉、水質浄化、土壌形成など)
経済的影響
- 物理的被害(災害復旧、インフラ損傷)と適応投資の両方でコストが発生
- 一部の産業・地域は経済的に大きな打撃を受ける(農業、観光、沿岸都市、保険業など)
- 保険市場の機能不全(リスクが高すぎて保険が成立しない地域の出現)
- サプライチェーンの途絶リスクの増加
社会的影響
- 気候関連の移住・難民の増加可能性
- 健康被害(熱中症、感染症の分布変化、大気汚染など)
- 世代間・地域間の不公平感の拡大(排出してきた側と影響を受ける側のミスマッチ)
- 資源をめぐる紛争リスクの上昇
補足:「試みなかったら」と「試みても失敗したら」は違う
リスク低減を「試みない」シナリオと、「試みたが十分な成果が出なかった」シナリオは区別したほうがよい。後者の場合でも、部分的な排出削減・適応投資・技術開発の蓄積は残る。「やらないよりはマシ」という状況は十分にありえる。
また、リスク低減の「試み」自体が、副次的な便益(エネルギー安全保障の向上、大気汚染の改善、グリーン産業の育成など)をもたらす可能性があり、気候変動対策の効果が想定より小さかったとしても完全に無駄にはならない部分がある。
第4章:では企業はどうすればいいのか
企業向けアドバイスにおけるポジショントーク
1. 「今すぐ野心的な目標を掲げるべき」論
NGO・ESG推進派・ESGコンサルが好む主張。確かにSBT認証やRE100加盟は投資家・取引先へのシグナルになるが、「野心的な目標を掲げること」と「実現すること」は別問題。目標だけ立派で実行が伴わないと、むしろグリーンウォッシュ批判を招くリスクがある。
「目標を掲げるタイミング」「どの程度の野心度が自社に適切か」は、各社の事業特性・能力・ステークホルダーの期待値によって異なる。
2. 「脱炭素は競争優位の源泉になる」論
これも推進派のお気に入りだが、全業種・全企業に当てはまるわけではない。エネルギー効率改善がコスト削減に直結する製造業と、そうでもないサービス業では話が違う。「先行者優位」が成立する市場と、「早すぎると損をする」市場がある。
自社の競争環境を見ずに一般論を適用するのは危険である。
3. 「サプライチェーン全体で取り組むべき」論
正論だが、現実には自社のScope1・2すら正確に把握できていない企業が多い中で、Scope3まで手を広げることの優先順位は検討の余地がある。また、サプライヤーに要求を出せる立場(バイイングパワー)があるかどうかも企業によって異なる。
「べき論」と「できる論」のギャップが大きい領域である。
4. 「気候変動対応しないと投資家から見放される」論
機関投資家のESG重視は事実だが、「ESGだけで投資判断をする」投資家は超少数派。財務パフォーマンスが悪ければESGが良くても投資されないし、逆も然り。ESGは「足切り要因」にはなりつつあるが、「決定要因」になるケースは限定的と捉えるのが妥当だろう。
多分本当のこと
1. 規制強化のトレンドは不可逆
EU CSRD、ISSB基準、日本のサステナビリティ開示基準など、情報開示の義務化は進む一方。対策を取るかどうかは任意でも、「何をやっているか開示せよ」という要求からは逃げられなくなる。開示義務に対応するだけでも、GHG算定や目標設定は避けられない。
2. 取引先からの要求は増える
大企業がScope3削減を求められる以上、そのサプライチェーン上にある企業にも要求が波及する。特にグローバルサプライチェーンに組み込まれている日本企業は、欧州・北米の規制の影響を間接的に受ける。「うちは関係ない」と言える企業は減っていく。
3. 物理的リスクへの備えは必要
気候変動対策(緩和策)を自社がやるかどうかに関係なく、極端気象の増加やサプライチェーンの途絶リスクは高まる。BCPの観点から、物理的リスクへの備えは「やるべきかどうか」ではなく「どこまでやるか」の問題である。
4. 「何もしない」はそれ自体がポジション
対策を取らないことも、ステークホルダーに対するメッセージになる。意図的に「やらない」と決めているならまだしも、「特に考えていない」だと、いざ説明を求められたときに困る。消極的な不作為より、意思決定に基づく判断のほうが説明しやすい。
現実的にどうすればいいか:フェーズ別の考え方
以下は「全企業がこうすべき」ではなく、「自社の状況に応じて選ぶための選択肢」として提示する。
フェーズ0:最低限の現状把握(全企業共通)
やること
- Scope1・2の排出量を把握する(精度は後から上げればよい)
- 自社が受けている、または今後受けそうな規制・取引先要求を整理する
- 物理的リスク(拠点の立地、サプライチェーンの脆弱性)を簡易的にスクリーニングする
なぜか
開示義務や取引先要求に対応するにも、まず「現状がどうなっているか」がわからないと話が始まらない。この段階では「目標を立てる」必要はない。
フェーズ1:外圧対応型(受動的だが合理的)
やること
- 取引先・投資家・規制当局からの具体的な要求に対応する
- 要求されている開示項目・認証・評価に対して、必要最低限のリソースを投入する
- 「やらないリスク」と「やるコスト」を比較し、合理的な範囲で対応する
適している企業
- 気候変動が自社の競争優位に直結しない
- リソースが限られており、選択と集中が必要
- ステークホルダーの要求がまだ限定的
注意点
この戦略は「後追い」になりやすく、要求が急に高まったときに対応が遅れるリスクがある。外圧の動向を継続的にモニタリングする仕組みは必要。
フェーズ2:戦略統合型(能動的に活用)
やること
- 気候変動対応を事業戦略に統合する(コスト削減、新規事業、リスク管理など)
- 中長期の排出削減目標を設定し、ロードマップを策定する
- Scope3を含むバリューチェーン全体での取り組みを開始する
適している企業
- エネルギーコストが大きく、効率改善が収益に直結する
- 顧客や市場がサステナビリティを評価する傾向がある
- 経営層が気候変動をリスクかつ機会として認識している
注意点
「戦略統合」と言いながら、実態は開示対応に終始しているケースが多い。本当に事業戦略と紐づいているか、定期的に検証する仕組みが必要。
フェーズ3:市場形成型(リーダーシップ)
やること
- 業界標準やルール形成に関与する
- サプライヤー・顧客を巻き込んだエコシステム構築
- 新技術・新ビジネスモデルへの積極投資
適している企業
- 業界内でバイイングパワーや影響力がある
- 研究開発能力があり、技術的な差別化が可能
- 長期的な視点で投資できる財務体力がある
注意点
このフェーズは「やれる企業」が限られる。中小企業や、業界内でフォロワーのポジションにある企業が無理にこのフェーズを目指すと、リソースが分散して本業に影響が出る。
よくある間違い
1. 「とりあえずSBT」症候群
SBT認証を取ること自体が目的化し、達成可能性やコストを十分に検討しないまま申請するケース。認証取得後に「実は達成できない」となると、取り下げや未達の説明責任が生じる。
2. 「開示すれば終わり」症候群
CDP回答やサステナビリティレポートを作成することに注力し、実際の排出削減や事業変革が伴わないケース。開示の精度は上がっても、スコアや評価が改善しない企業に多い。
3. 「経営層が理解してくれない」症候群
サステナビリティ担当者が経営層を説得できないと嘆くケース。多くの場合、「なぜ今やる必要があるのか」「やらないと何が起きるのか」「いくらかかるのか」のいずれかが曖昧なまま提案している。
経営層は気候変動に興味がないのではなく、投資判断に必要な情報が足りていないだけなのではないか。「地球のために」ではなく「事業のために」という言語で説明する必要がある。
4. 「横並びで安心」症候群
同業他社と同じ水準の目標を設定し、同じ施策を実施することで安心するケース。業界標準に合わせること自体は悪くないが、自社の事業特性や競争環境を考慮しないと、「やっているけど意味がない」状態になりやすい。
第5章:建設的な議論のために
推進派が陥りがちな失敗
1. 「科学を否定するのか」という反論
懐疑派の主張を一括りに「科学否定」とレッテル貼りすると、妥当な指摘まで無視することになる。「気候変動は起きていない」と「気候モデルには不確実性がある」は全く異なる主張であり、後者は科学者自身も認めていること。
2. 「利益相反だから無視していい」という反論
化石燃料産業からの資金を受けた研究は割り引いて評価すべきだが、「だから全部嘘」とは言えない。同様に、再エネ産業や環境コンサルタントにも利益相反はある。利益相反の存在は、主張の中身を検証する必要性を示すのであって、自動的に棄却する理由にはならない。
3. 「道徳的に正しいから反論は不要」という態度
気候変動対策が「正しいこと」だという前提で、コストや実現可能性の議論を軽視する傾向がある。これは懐疑派の不信感を強め、対話を困難にする。
懐疑派が陥りがちな失敗
1. 「不確実性がある」から「何もしなくていい」への飛躍
不確実性は両方向にある。予測より良くなる可能性もあれば、悪くなる可能性もある。リスク管理の基本は、不確実性があるからこそ備えるというもの。
2. 科学的に決着した論点を蒸し返す
「温暖化は起きていない」「CO2は関係ない」といった主張は、観測データと物理法則に反する。これらを主張し続けることで、妥当な批判(コスト、実現可能性、政策手段など)まで信頼性を失う。
3. 人格攻撃や陰謀論への逃避
「気候科学者は研究費のために嘘をついている」「グレタは操り人形」といった主張は、科学的議論ではない。こうした主張をする人と建設的な対話をするのは困難。
懐疑派・反ESG派の主張の分類
| 分類 | 例 | 対応 |
|---|---|---|
| 科学的に誤り | 「温暖化は起きていない」「CO2は無関係」 | 科学的証拠を示して反論(ただし相手が聞く耳を持つ場合のみ有効) |
| ポジショントーク | 化石燃料産業の「不確実性」強調、政治的な「反ウォーク」運動 | 利益相反を指摘しつつ、主張の中身は個別に検証 |
| 妥当な指摘 | モデルの不確実性、再エネの限界、ESG評価の問題、グリーンウォッシュ | 真摯に受け止め、議論に組み込む |
推進派が懐疑派の「妥当な指摘」を認めることで、かえって信頼性が高まる。「気候変動対策には課題があるが、それでもやる価値がある」という議論のほうが、「気候変動対策は完璧で反対するのは愚か」という議論より説得力がある。
結論
気候変動をめぐる議論には、ポジショントークが大量に混入している。推進派にも懐疑派にもそれぞれの利害関係やイデオロギーがあり、その立場から都合の良い部分を強調し、都合の悪い部分を軽視する傾向がある。
しかし、ポジショントークを除去した後に残る「多分本当」の部分を整理すると、以下のことが言える。
科学的事実として
- 気候変動は起きており、人為的要因が主因である
- 現在の排出ペースが続けば、今世紀末に2.5〜4℃程度の気温上昇が見込まれる
- それに伴い、極端気象、海面上昇、生態系変化、水資源偏在化などの影響が生じる
- ただし、具体的な影響の規模や時期には不確実性がある
社会的事実として
- 規制・開示要求は強化される傾向にあり、この流れは当面続く
- 取引先・投資家からの要求も増加傾向にある
- 一方で、ESG評価の信頼性やグリーンウォッシュの問題は未解決
企業への示唆として
- 「何もしない」という選択肢は徐々に取りにくくなっている
- ただし、「野心的な目標を今すぐ掲げるべき」という一般論は、全企業に当てはまるわけではない
- 自社の事業特性、ステークホルダーの期待値、リソースの制約を踏まえて、合理的な落としどころを見つけることが現実的
気候変動リスク低減を試みなかった場合、「人類滅亡」のようなドラマチックな結末ではないが、物理的・経済的・社会的に相当程度の負荷がかかることは、ポジションに関係なく概ね合意されている。その「負荷の大きさ」「誰がどれだけ負担するか」「対策コストとの比較」といった部分がポジショントークの領域であり、ここは立場や価値観によって見え方が変わる。
「やらなくても大丈夫」とも「やらないと終わり」とも言えない、というのが正直なところ。ただ、「やらないリスク」と「やるコスト」を比較したときに、前者のほうが大きいと判断する人が多いから、曲がりなりにもパリ協定が成立し、各国が目標を掲げている、というのが現状の説明としては妥当だろう。
説教くさくならないように書いたつもりだが、くそまじめに考えた結論はそんなに面白いものではない。世界は複雑で、簡単な答えはない。それでも、ポジショントークを見抜き、多分本当のことを見極め、自分なりの判断をすることには意味がある。
少なくとも、誰かのポジショントークに振り回されるよりはマシだ。
本記事は、気候変動に関する議論を整理することを目的としており、特定の政策や企業行動を推奨・批判するものではありません。記載内容は執筆時点の情報に基づいており、最新の科学的知見や政策動向を反映していない可能性があります。また、本稿の「ポジショントークを切り分ける」という姿勢自体も一つのポジションであり、完全に中立的な立場であるとは言えない可能性があります。

