概要:約20年の交渉を経て公海保全の国際条約が発効
「BBNJ協定」(正式名称:国家管轄権外区域の海洋生物多様性の保全及び持続的な利用に関する協定)が2026年1月17日に発効する。2023年6月の国連総会での採択から2年半、2004年の作業部会設置から数えると約20年にわたる交渉の末に実現した。
同協定は、各国の排他的経済水域(EEZ)の外側に広がる「公海」と、その海底である「深海底」を対象とする。これらは国家管轄権外区域(ABNJ)と呼ばれ、地球の海洋面積の3分の2以上、体積では90%以上を占める。
2025年9月に60カ国の批准要件を満たし、その120日後にあたる2026年1月17日の発効が決定した。国連によると、発効日時点で81カ国が批准を完了している。
背景:「海の憲法」を補完する生物多様性保全の枠組み
これまで公海における生物多様性は、分野ごとに個別管理されてきた。漁業は地域漁業管理機関(RFMOs)、海運は国際海事機関(IMO)、深海底資源は国際海底機構(ISA)がそれぞれ所管する。一方、生物多様性全体を包括的に保全する法的枠組みは存在しなかった。
1994年発効の国連海洋法条約(UNCLOS)が「海の憲法」として海洋秩序の基盤となっているものの、生物多様性の保全と持続的利用に関する詳細な規定を欠いていた。BBNJ協定はこの空白を埋め、気候変動や2030アジェンダといった現代的課題に対応する枠組みとして位置づけられる。
BBNJ協定の4つの柱と主要な成果
同協定は以下の4分野を柱とする。
第1に「海洋遺伝資源」。公海の生物由来の遺伝資源から得られる利益を公平に配分する仕組みを規定する。
第2に「区域型管理ツール」。海洋保護区(MPA)を含む保全措置をABNJに設置することを可能にした。これは同協定の最も画期的な成果であり、各国のEEZ内での保全努力だけでは達成できない「30by30」目標(2030年までに陸域・海域の30%を保全)の実現に道を開く。
第3に「環境影響評価」。ABNJで計画される活動について、事前の環境影響評価(EIA)を義務化した。
第4に「能力構築・技術移転」。開発途上国が協定を実施できるよう、技術・知識の移転を促進する。
WWFジャパンは、MPAを含む区域型管理ツールの設置、環境影響評価の義務化、分野別国際機関との協力強化を同協定の主要な成果として評価している。
批准国の動向:日本を含む81カ国が締結、米英露印は未批准
主要な批准国として、中国、日本、ドイツ、フランス、ブラジルが挙げられる。国連貿易開発会議(UNCTAD)によると、中国は2023年に約1,550億ドルの海洋関連製品を輸出しており、世界最大の海洋経済大国である。
一方、米国、英国、インド、ロシアは未批准のままである。米国は2023年に条約を採択したものの、上院での批准手続きが進んでいない。海洋関連輸出額は610億ドルで世界5位。英国は2025年に国内法案を提出したが議会での批准は未了。インドは2024年に採択後、国内立法を進めている段階にある。
ロシアは採択も批准もしておらず、既存のガバナンス枠組みの維持と公海における航行の自由確保を理由に挙げている。
BBNJ協定の交渉を主導したタンザニアの外交官Mzee Ali Haji氏は、国連ニュースの取材に対し「公海での活動には規制が存在することを認識すべきだ。汚染すれば責任を問われる」と述べた。同氏は未批准国についても「メリットが見えれば将来的に参加する」との見通しを示している。
日本は2025年5月に国会で承認し、同年12月12日に批准書を国連事務総長に寄託した。
今後の展望:COP1開催とIUU漁業対策の強化が焦点
発効後1年以内に第1回締約国会議(COP1)が開催される。公海における海洋保護区の具体的な設置手続きや、既存の分野別機関との連携方法が議論される見込みだ。
WWFジャパンは、海洋保護区の指定に加え、IUU漁業(違法・無報告・無規制漁業)への対策強化を求めている。IUU漁業による不正漁獲は年間約100〜235億ドルと推定され、科学的根拠に基づく資源管理を困難にしているためだ。
30by30目標の達成には、沿岸域から公海まで生態学的に連結した保護区ネットワークの構築が不可欠となる。日本の現在の保全区域は陸域21.0%、海域13.3%にとどまっており、公海を含めた国際的な取り組みへの貢献が求められる。
参考文献・出典
- UN News「Game-changing international marine protection treaty comes into force」(2026年1月15日) https://news.un.org/en/story/2026/01/1166762
- WWFジャパン「『国連公海等生物多様性協定(BBNJ協定)』の発効を歓迎」(2026年1月15日) https://www.wwf.or.jp/activities/activity/6169.html
- 国連 BBNJ Agreement公式ページ https://www.un.org/bbnjagreement/en
- UNCTAD 海洋関連貿易統計 https://unctadstat.unctad.org/insights/theme/250
