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サントリー・不二製油に学ぶネイチャー領域のインセット|オフセットとの違いと実務への示唆

Takeaways
The Big Picture

バリューチェーン内で自然資本に投資する「ネイチャーインセット」の取り組みが、日本企業で始まっている。水源涵養、森林破壊防止、農業生産地の生態系保全など、事業継続に直結する自然リスク低減策として位置づけられる点が特徴だ。

Why It Matters

Scope3対応やTNFD開示の要請が強まるなか、オフセットに依存しない自社バリューチェーン内での自然資本投資は、調達リスク管理と環境価値創出を両立する戦略的選択肢となる。

ネイチャー領域におけるインセットとは何か

インセット(Insetting)とは、自社のバリューチェーン外でクレジットを購入して排出量を「埋め合わせる」オフセットとは異なり、自社のバリューチェーン内で環境改善活動に投資・支援することで、その効果をサプライチェーン全体で享受する取り組みを指す。

カーボンインセットの概念はSBTi Net Zero Standardでも言及されており、Scope3排出削減の有効な手段として国際的に注目が高まっている。ここに生物多様性や水資源といった自然資本の観点を加えたものがネイチャー領域におけるインセットであり、気候変動対策と自然関連リスク管理を統合的に進める手法として位置づけられる(「ネイチャーインセット」等の統一化された表記は現状存在しない)。

重要なのは、これがCSR活動やフィランソロピーとは本質的に異なる点だ。インセットは原材料調達の持続可能性確保、サプライチェーンのレジリエンス強化、規制対応といった事業上の合理性に基づく。投資対象がバリューチェーン内に限定されるため、効果の帰属が明確であり、Scope3削減への貢献として認められやすいという利点がある。

日本企業の先進事例

サントリー「天然水の森」:水源涵養を基幹事業に

サントリーは2003年から「天然水の森」活動を展開し、現在16都府県26カ所、12,000haを超える森林で水源涵養活動を実施している。同社はこの活動を「ボランティアやCSR活動ではなく、商品生産の持続可能性を守るための基幹事業」と明確に位置づけている。

事業上の論理は明快だ。サントリーの主力製品であるビール、清涼飲料、ウイスキーはすべて良質な地下水なしには製造できない。工場の水源涵養エリアを科学的に特定し、そこで森林整備を行うことは、原材料(水)の安定調達に直結する。同社は「国内工場で汲み上げる地下水量の2倍以上の水を涵養する」という定量目標を設定し、これを達成している。

特筆すべきは科学的アプローチの徹底だ。水科学研究所を中心に地下水流動シミュレーションモデルを構築し、水循環の定量評価を実施。森林整備の効果検証にも活用している。また、行政や森林所有者との協定は最低30年、長いものでは100年という超長期契約であり、短期的なPR効果ではなく、数十年単位での水資源確保を見据えた投資であることがわかる。

さらに、海外拠点でも同様のアプローチを展開している。米国ではジムビーム蒸溜所の水源である「バーンハイム・アーボリータム&リサーチフォレスト」約6,300haを「ナチュラル・ウォーターサンクチュアリ」に設定。スコットランドでは2021年から泥炭地復元「ピートランド ウォーターサンクチュアリ」を開始し、2030年までに1,300haの復元を目指している。

奥大山、熊本、白州の各工場はAWS(Alliance for Water Stewardship)国際認証のPlatinum認証を取得しており、水スチュワードシップの国際基準への適合も確保している。

不二製油:森林破壊防止とサプライチェーン透明化

不二製油グループは2016年に「責任あるパーム油調達方針」を策定し、NDPE(森林破壊ゼロ、泥炭地開発ゼロ、搾取ゼロ)へのコミットメントを掲げている。

パーム油は同社の植物性油脂事業の主要原料であり、その調達における森林破壊リスクは事業継続上の重大なリスクだ。EUの森林破壊フリー製品規則(EUDR)をはじめ、森林破壊に関連する製品への規制は世界的に強化されており、サプライチェーンの透明化は規制対応上も不可欠となっている。

同社は2019年に搾油工場までのトレーサビリティ(TTM)100%を達成し、現在も維持している。2030年までに農園までのトレーサビリティ(TTP)100%達成を目標に掲げ、サプライチェーンの可視化を進めている。

バリューチェーン内での直接的な介入も実施している。マレーシア・サバ州では2016年からWild Asia Group Scheme(WAGS)に参画し、小規模農家のRSPO/MSPO認証取得を支援。支援先地域では累計191軒の農家が認証を取得し、58,007トンの認証パーム油が生産された。農家からは「農薬購入量が減少しコスト削減につながった」「生産性が向上した」との報告があり、持続可能な生産への移行が進んでいる。

インドネシア・スマトラでは2018年からEarthworm Foundationと協力し、APTランドスケープイニシアチブに参画している。これは約230万haの地域を対象に、森林保護、適正労働慣行、パーム油生産のバランスを大規模に維持することを目指す取り組みだ。

2018年に設置したグリーバンスメカニズムでは、サプライチェーン上の環境・人権問題に関する苦情を受け付け、2024年度には79件が登録されている。問題が発覚したサプライヤーに対しては是正措置を求め、改善が見られない場合は取引停止も辞さないという姿勢を明確にしている。

インセッティングコンソーシアム:食農バリューチェーンの協働プラットフォーム

農林中央金庫は2024年8月、すかいらーくホールディングス、ニチレイフーズ、TOWINGとともに「インセッティングコンソーシアム」を設立した。2025年7月には第1回全体会合を開催し、本格稼働を開始している。

同コンソーシアムの目的は、食農バリューチェーン(食品の生産から加工、流通、消費までの一連の流れ)全体でのカーボンニュートラルとネイチャーポジティブへの移行だ。企業単独では対応が困難な原材料調達に伴うScope3排出削減を、生産現場との連携を通じて実現することを目指している。

2025年9月時点で参画企業は20社を超え、カゴメ、サントリーホールディングス、キッコーマン、日清食品ホールディングス、明治ホールディングス、森永乳業、ファミリーマート、全国農業協同組合連合会(JA全農)など、食農バリューチェーン全体を網羅する体制が整いつつある。テクニカルパートナーには農研機構(NARO)が参画している。

今後は「米穀」「畜産」「土壌」の3分野でワーキンググループを設置し、国内の生産現場の実情に即した「国内版インセッティングガイドライン」の策定を進める方針だ。国際的なカーボン会計基準との整合性を確保しつつ、日本の農業・食品産業に適用可能な実務指針を整備することで、インセッティングの社会実装を加速させる狙いがある。

設立時には、TOWINGの高機能バイオ炭「宙炭」を用いて創出されたJ-クレジットを共同購入する実績も作っている。現時点ではオフセットの枠組みだが、今後はサプライヤーとの調整を経て、真のインセッティング(自社バリューチェーン内でのクレジット創出・活用)への移行を目指すとしている。

事例に見る共通点と実務への示唆

これらの事例には共通する特徴がある。

第一に、事業リスクとの直接的な紐づけだ。サントリーにとっての水、不二製油にとってのパーム油は、いずれも事業継続に不可欠な原材料である。自然資本への投資は、CSR部門の活動ではなく、調達・サプライチェーン部門の戦略的課題として位置づけられている。

第二に、長期的コミットメントである。サントリーの30〜100年契約、不二製油の2030年目標、など、いずれも短期的なPR効果ではなく、数十年単位での取り組みを前提としている。

第三に、科学的アプローチと定量評価だ。サントリーの地下水流動シミュレーション、不二製油のトレーサビリティ指標、インセッティングコンソーシアムでのGHG削減効果の可視化など、効果を定量的に把握・検証する仕組みが組み込まれている。

第四に、協働とプラットフォーム化の動きがある。インセッティングコンソーシアムに見られるように、個社での取り組みには限界があり、バリューチェーン全体での連携や業界横断的なガイドライン策定が進んでいる。

TNFD開示の本格化やScope3削減要請の強まりを受け、こうしたネイチャーインセットの取り組みは今後さらに拡大すると見込まれる。自社のバリューチェーンにおける自然依存度・影響度を把握し、リスクの高い領域から優先的に介入策を検討することが、実務上の第一歩となるだろう。


参考文献・出典

  • サントリーホールディングス「サントリー 天然水の森」https://www.suntory.co.jp/eco/forest/
  • サントリーホールディングス「水資源」https://www.suntory.co.jp/company/csr/env_water/
  • 不二製油株式会社「パーム油のサステナブル調達」https://www.fujioil.co.jp/sustainability/palm_oil/
  • 不二製油グループ本社「責任あるパーム油調達に関する取組み状況について」(2020年)https://www.fujioilholdings.com/news/2020/1198462_2533.html
  • 農林中央金庫「インセッティングコンソーシアム」プレスリリース(2024年8月、2025年9月)
  • 共同通信「生産地での温室効果ガスの排出削減量などを推進 農林中金などの共同事業体が本格始動」(2025年9月3日)
  • 農林中央金庫「ネイチャーポジティブ経済への移行に向けた農林中央金庫の取組みについて」第8回ESG金融ハイレベル・パネル資料(2025年3月)

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