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クレジットは「免罪符」ではなく「投資」である——オフセット禁止時代の購入動機を再構築する

Takeaways
The Big Picture

クレジット批判の多くは正当だが、全否定は投資機会を見逃す。オフセット主張を封じ、「追加的環境投資の証」として再定義すべきである。

Why It Matters

オフセット禁止原則が市場に浸透すると、クレジット購入の「なぜ」が問われる。正しい理解なしに買えば批判対象、買わなければ将来リスクの増大につながる。

オフセット禁止原則の浸透とクレジット購入動機の再構築が肝

結論から述べる。環境クレジット市場には構造的欠陥が存在し、批判の多くは正当である。しかし、だからといってクレジットを全否定し、市場から撤退することは正解ではない。

必要なのは、クレジットの役割を再定義することである。すなわち、クレジットは「排出量や環境負荷を相殺する免罪符」ではなく、「追加的な環境改善活動への投資の証」として位置づけ直すべきだ。そしてオフセット主張を原則禁止としたうえで、それでもなおクレジットを購入する動機を、企業は明確に持つべきである。

クレジット批判の正当性

環境クレジット市場への批判は年々厳しさを増している。これらの批判の多くは正当であり、まずその論点を整理したい。

ダブルカウント問題

クレジット創出者と購入者の双方が環境貢献を主張する「重複主張」は、論理的に破綻している。パリ協定第6条では国際間のクレジット移転に際し、移転国側に排出量を追加計上する「相応調整」を義務づけているが、ボランタリー市場の多くはこの仕組みを持たない。

オフセットの虚構性

「当社は実質排出ゼロを達成しました」という主張は、自社の排出削減努力とクレジット購入を同列に扱う点で欺瞞的である。CO2は大気中で拡散するため理論上はオフセット可能だが、水や生物多様性はローカルな問題であり、「江戸の敵を長崎で討つ」論理は成立しない。

詐欺・低品質クレジットの横行

炭素クレジット市場が30年以上の歴史を持つにもかかわらず、排出削減実態のないクレジットや詐欺事案が後を絶たない。追加性(クレジット化がなければ実現しなかった削減)の証明は本質的に困難であり、高品質とされたクレジットが事後的に無価値と判明する事例も多い。

金融商品化への懸念

クレジット市場が拡大するにつれ、環境改善よりも金融商品としての取引が主目的となる傾向がある。仲介業者や認証機関が収益を得る一方で、実際の環境改善に回る資金比率が低下するリスクは無視できない。

これらの批判はいずれも的を射ており、クレジット市場に関わる者は真摯に受け止めるべきであると考える。

それでもクレジットを全否定しない理由

では、クレジット市場から完全に撤退すべきか。私はそうは考えない。

追加性の存在

批判者が見落としがちな点がある。クレジット化を念頭に置いていなければ実現しなかった環境改善プロジェクトは確かに存在する。熱帯雨林の保全、マングローブの再生、再生可能エネルギーへの投資——これらの多くはクレジット収入という経済的インセンティブがあってはじめて成立した。「クレジットがなくても行われていたはずの活動」を排除する追加性の証明は困難だが、追加性が確実に存在するプロジェクトも存在する。

資金動員機能

環境問題の解決には巨額の資金が必要である。「寄付を募ればよい」という主張もできるが、現実には寄付だけで必要な資金規模は確保できない。クレジット市場は、善意に頼らない資金動員メカニズムとして機能している。問題はクレジットの存在自体ではなく、その使われ方にある。

開示だけでは投資は集まらない

「すばらしい環境活動をして開示すればよい」という主張も一面の真理を含む。しかし、第三者認証を受けた測定可能なクレジットという形式は、投資判断の材料として機能する。ESG投資家やサステナビリティ・リンク・ローンの評価において、認証クレジットへの投資は定量化可能な指標となりうる。

あるべき姿:まずはオフセット禁止を原則とする

批判を認めつつクレジット市場を存続させるために必要なのは、オフセット主張の原則禁止である。

炭素会計の国際標準であるGHG Protocolでは、スコープ1,2,3のいずれにもクレジット購入による相殺を認めないことが明記されいている。クレジット市場側では、Verraは、ネイチャークレジット(Qha: Quality Hectare)について「オフセット用途への使用を禁止」している。これは市場設計として正しい方向性である。クレジット購入者は「当社の環境負荷を相殺した」と主張することを禁じられ、代わりに「○○プロジェクトへの投資貢献として××Qhaを購入した」と開示することになる。

この「オフセット禁止・投資型クレジット」への転換が進めば、批判の多くは解消される。ダブルカウント問題は、購入者が相殺を主張しないことで回避される。グリーンウォッシュ批判も、「実質ゼロ」ではなく「追加投資」として開示することで軽減される。

オフセットなしでも購入する動機をどう構築するか

ここからが本稿の核心である。オフセット主張ができないなら、企業はなぜクレジットを購入するのか。「免罪符」が使えないクレジットに、どのような価値があるのか。

オフセット禁止時代のクレジット購入動機として、以下の4つを提示したい。

1. 将来規制リスクへの先行投資

TNFD開示の義務化、生物多様性条約COP15の30by30目標、EUの自然再生法——自然資本に関する規制は確実に強化される方向にある。将来、ネイチャーポジティブへの貢献が義務化された際、クレジット市場の仕組みを理解し、信頼できるプロジェクトとの関係を構築している企業は圧倒的に有利な立場に立つ。

これは保険の購入に近い。事故が起きてから保険に入ることはできない。規制が本格化してから市場を理解しようとしても、良質なプロジェクトは先行者に押さえられている。現時点でのクレジット購入は、将来の規制対応コストを低減するための先行投資である。

2. サプライチェーンリスクの可視化と低減

自社事業が依存する生態系サービス——水資源、受粉、土壌保全——のリスクを定量化し、その保全に投資することは、事業継続のためのリスク管理である。特にサプライチェーン上流に農業や林業を持つ企業にとって、調達地域の生態系保全への投資は、将来の調達リスク低減に直結する。

クレジットは、こうした投資を第三者が検証可能な形で証明する手段となる。「当社はサプライチェーン上の水源涵養に○○万ドルを投資し、××Qha相当の保全効果が認証された」という開示は、オフセット主張なしでも十分な情報価値を持つ。

3. ステークホルダーとの対話材料

投資家、取引先、消費者との対話において、「具体的に何をしているのか」を示す必要がある。抽象的な方針表明ではなく、認証を受けた具体的プロジェクトへの投資実績は、エンゲージメントの材料として機能する。

特にTNFD開示が求める「依存と影響の分析」「リスクと機会の評価」において、関連する生態系への投資実績は、単なる分析にとどまらない行動の証拠となる。

4. 市場形成への参画とノウハウ蓄積

ネイチャークレジット市場はいまだ黎明期にある。この段階で市場に参画することは、将来の市場ルール形成に影響を与える機会でもある。どのような測定方法が適切か、どのようなプロジェクトが高品質か——こうした知見は、早期参入者のみが獲得できる。

また、自社でクレジットを創出する側に回る可能性も視野に入る。自社所有地や関連事業地での保全活動をクレジット化できれば、コストセンターであった環境対策を収益化する道も開ける。そのためには、まず購入者として市場を理解することが第一歩となる。

読者へのインプリケーション

企業のサステナビリティ担当者に向けて、具体的な示唆を述べたい。

第一に、オフセット目的でのクレジット購入は避けるべきである。「実質ゼロ」「カーボンニュートラル」を主張するためのクレジット購入は、グリーンウォッシュ批判のリスクを抱える。批判者の論理は一定の正当性を持っており、将来的に訴訟リスクや評判リスクに発展する可能性がある。

第二に、投資型クレジットへの関与は検討に値する。オフセット禁止を前提とするVerra Nature Frameworkのようなスキームは、批判に対する市場の回答である。こうしたスキームへの早期関与は、将来の規制対応において優位性をもたらす。

第三に、購入動機を明確に言語化すべきである。「なぜこのクレジットを購入するのか」を、オフセット以外の理由で説明できなければならない。上述の4つの動機——規制リスク対応、サプライチェーン・リスク低減、ステークホルダー対話、市場形成参画——のいずれに該当するかを明確にし、それを開示文書に反映させることが重要である。

第四に、批判を恐れすぎて機会を逃すべきではない。クレジット市場への批判は存在するが、市場が完全に否定されているわけではない。むしろ、批判を踏まえて市場が進化する過程に早期から関与することが、中長期的な競争優位につながる。

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